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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)6679号 判決

原告

伊藤友人

ほか一名

被告

日産火災海上保険株式会社

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告らに対し、それぞれ金五〇〇万円及びこれらに対する昭和四九年九月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二原告らの主張

原告ら訴訟代理人は、本訴請求の原因等として次のとおり述べた。

一  保険契約の締結

有限会社伊藤友人(以下「訴外会社」という。)は、被告との間に、訴外会社が所有する自家用普通乗用自動車(習志野五五も一〇四五号。以下「原告車」という。)につき、保険者を被告、保険期間を昭和四八年一〇月三〇日から同五〇年一一月三〇日までとする自動車損害賠償責任保険契約(証書番号一〇二―九八八七九五。以下「責任保険」という。)を締結した。

二  事故の発生

伊藤新一(以下「亡新一」という。)は、昭和四九年三月三一日午前三時四〇分頃、千葉県市川市北方四丁目一、四四四番三号先路上を金子為雄の運転する原告車に外三名と同乗中、金子の前方不注視のため原告車が道路外に転落し、その結果、亡新一を含む全乗員が死亡した。

三  被告の責任

訴外会社は、原告車を所有し、自己のため運行の用に供するものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、後記の亡新一及び原告らの損害を賠償する責任があるものというべく、したがつて、被告は、自賠法第一六条第一項の規定に基づき、被害者の相続人である原告らに対し、保険金額の限度において、原告らの損害を支払うべき義務があるものというべきである。

四  損害

(一)  逸失利益

亡新一は、本件事故当時満二〇才の中央学院大学の学生であつたが、収入額については少なくとも昭和四八年度全産業常用労働者男子平均賃金による年収金一六二万四、二〇〇円を就労可能な満六七才までの四七年間にわたり得られうるものというべきところ、その生活費は就労可能な全期間にわたつて右収入の五割を超えることはないので、これを控除し、以上を基礎に亡新一の逸失利益を複式ライプニツツ式計算法により年五分の中間利息を控除して現価を算出すると金一、四六〇万二、三七〇円となる。

(二)  慰藉料

原告伊藤友人は亡新一の父、原告伊藤愛子はその母であるが、原告らは、本件事故による亡新一の突然の死亡により筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被つた。これに対する原告ら固有の慰藉料は、それぞれ金三〇〇万円をもつて相当とする。

五  相続

原告らは、亡新一の父母で、亡新一には原告らのほかに相続人はいない。よつて、原告らは、亡新一の逸失利益金一、四六〇万二、三七〇円を相続分に応じ、その二分の一に当たる金七三〇万一、一八五円を相続によりそれぞれ取得した。

六  よつて、原告らは、被告に対し、自賠法第一六条第一項の規定に基づき責任保険の保険金額(金一、〇〇〇万円)の限度において各金五〇〇万円及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年九月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

七  被告の主張に対する答弁

原告伊藤友人が亡新一に対し原告車を買い与え、亡新一が同車を運転、使用し、同車の運行供用者にあたるとの被告の主張事実は、否認する。

原告車の運行供用者は、訴外会社であり、訴外会社はその業務である不動産の売買、賃貸管理業及び仲介業のために原告車を使用していたものである。亡新一は、金子の運転する原告車に同乗していただけであり、同乗者も自賠法第三条本文に規定する「他人」に該当するものである。

第三被告の主張

被告訴訟代理人は、請求原因に対する答弁等として、次のとおり述べた。

一  原告の主張一の事実は、認める。

二  同二の事実のうち、事故発生の日時、場所及び原告車に同乗の亡新一等全員が死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。

三  同三の事実中、原告車の所有名義が訴外会社となつていることは認めるが、その余は争う。

亡新一は、原告車を自己のため運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条本文に規定する「他人」に該当しない。すなわち、原告車は、原告伊藤友人が代表取締役である訴外会社の所有名義となつているものの、実質は、原告伊藤友人が息子の亡新一に買い与えたものであり、亡新一が自己のため原告車を運転、使用していたものである。

四  同四及び五の事実は、知らない。

第四証拠関係〔略〕

理由

(保険契約の締結及び事故の発生)

一  原告主張一(保険契約の締結)の事実並びに同二(事故の発生の事実のうち、本件事故発生の日時、場所及び原告車に同乗の亡新一が死亡したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、第五号証の一ないし三及び証人鈴木満の証言を総合すると、金子為雄が原告車を運転し、助手席に高橋友子、後部座席に河野喜弘、大峯松江及び亡新一が同乗して本件事故現場にさしかかつた際、速度を出し過ぎていたため左カーブになつている本件事故現場の道路を曲がり切れず、同車は道路外に飛び出し、道路と平行に流れている大柏川にかかるコンクリート橋に激突し、その結果、乗車していた五名全員が同所において即死した事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(亡新一の運行供用者性について)

二 原告車が訴外会社の所有名義であることは当事者間に争いがないところ、被告は亡新一が原告車を自己のため運行の用に供していた旨主張するから、この点につき判断するに、成立に争いのない甲第三、四号証、第六号証、第一〇号証及び乙第一、二号証並びに証人鈴木満、同須藤吉一、同伊藤精一の各証言並びに原告伊藤友人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を総合すると、訴外会社は、昭和四七年七月三日設立され、その本店所在地を原告らの住所とする有限会社で、不動産の売買及び賃貸管理業並びに同仲介業を営業目的とし、原告伊藤友人が代表取締役、同伊藤愛子が取締役原告伊藤友人の妹の夫に当たる平野卯之助が監査役であり、従業員はおらず、実質上、原告伊藤友人の個人会社であつて、実際には不動産取引は行つておらず、専ら土地・建物の賃貸を業としている会社であるところ、訴外会社は、昭和四八年一一月千葉日産自動車販売株式会社から原告車を購入したが、その代表取締役である原告伊藤友人は、原告車を購入するに当たり、右売買の仲介者である伊藤精一に対し、亡新一が運転免許を取つたので自動車を一台買いたい旨原告車購入の動機を漏らしていたこと、原告伊藤友人は、訴外会社が原告車を購入する以前に乗用車(セドリツク)を所有していたが、亡新一は同車(セドリツク)を運転し、事故を起こして大破させたことがあり、また、原告車を購入後間もなく、原告車を単独で運転中に故障を起こし、伊藤精一に修理を依頼したことがあること、亡新一は、日頃原告車を運転してスナツクサランに出入りし、原告車に女の子を乗せてその家まで送つてやつたりしていたことがあるほか、訴外会社が月一回行つていた毎月の賃料等の集金その他の所用時に原告車を運転、使用していたものであり(なお、ガソリンや保険料の経費は、訴外会社が負担していた。)、本件事故当日の前夜、亡新一は、原告ら宅の玄関の棚においてあつたスペアキーを持ち出し、ガソリンスタンドに駐車してあつた原告車を運転して、高橋友子、河野喜弘、大峯松江とスナツクサロンに赴き、飲酒後、金子為雄を同スナツクに呼び出し、同人に運転を委せて高橋友子の自宅付近を走行中本件事故に遭つたものであること、本件事故により原告車は大破し、廃車となつたが、その後、訴外会社が自動車を購入した事実はなく、原告伊藤友人がリンカーンコンチネンタルを購入し所有していること、及び原告らの家族で自動車の運転免許を有していたのは、原告伊藤友人と亡新一の二人のみであつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する原告伊藤友人本人の供述は前段認定に供した各証拠に照らし直ちに措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。なお、原告伊藤友人は、亡新一が原告車を運転することを厳禁していた旨供述するけれども、前記認定のとおり、亡新一が原告車を利用していた実状、原告車のスペアキーが玄関の棚の上に置かれ、いつでも同車を利用しうる状況にあつた点等に照らすと、右供述はたやすく信用することはできない。

叙上認定の諸事実、殊に原告車の購入の経緯、購入後の使用状況、本件事故当日の具体的運行状況等に徴すると、亡新一は、本件事故当時、原告車の運行利益及び運行支配を有していたものと認めるのが相当であり、所有者の訴外会社とともに運行供用者の立場にあつたものというべきである。

してみれば、亡新一は、原告車の運行供用者であつて、自賠法第三条本文に規定する「他人」に該当しないことは明らかであり、したがつて、訴外会社(訴外会社が原告車の運行供用者であることは、叙上認定の事実から明らかである。)は本件事故により亡新一及び原告らが被つた損害につき、原告らに対し、自賠法第三条の規定による損害賠償の責任を負うべきいわれはないものといわざるをえない。

(むすび)

三 よつて、自賠法第三条の規定による保有者の損害賠償の責任の発生を前提とする原告らの本訴請求は、進んでその余の点を判断するまでもなくその前提において理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九三条第一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 馬淵勉 信濃孝一)

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